複雑化するSAPプロジェクト
2015年のS/4HANAリリース以降、SAPは様々なツールやサービスを市場に投入し、S/4HANAへの移行を多面的に推進・支援しています。一方で、ユーザー側から見るとその選択肢の多さやテクノロジーの複雑さに理解が追い付かず、プロジェクトの難易度が上がっているとも感じています。
多様なツール、サービス、テクノロジーが存在する中で、自社のS/4HANA移行に必要なものだけをチョイスするにどうしたらよいでしょうか。また、それらをシンプルに活用しながらプロジェクトを推進する術はないものでしょうか。
このような想いに応えるために、SAPはS/4HANA移行を進めるためのフレームワーク「SAP Activate」を提供しています。
SAP Activateとは
SAP Activateは、お客様のS/4HANA移行推進を目的とした方法論を駆使しながらプロジェクトを進めるためのフレームワークです。あまり広くは知られていませんが、SAPは過去にも複数の方法論をリリースしています。On-PremiseでのERP導入を主眼とした「ASAP(Accelerate SAP)」、CloudでのERP導入を主眼とした「SAP Launch」です。これらの方法論は2015年のS/4HANAリリースに合わせて見直され、その後継として集約されたものが「SAP Activate」方法論です。
SAP Activateのコンセプト
方法論の特徴
SAP Activate方法論は、単なるタスク定義やガイダンス説明に留まる方法論ではありません。SAPが40年培ってきたベストプラクティスを組込み、SAPが個別提供している様々なサービス利用の検討も含まれています。また、最新テクノロジーを迅速に適用するための”Fit to Standard”やCloud利用を基本思想として取入れ、プロジェクト自体もAgileスタイルで進める特徴を持ち合わせています。
方法論の特徴
方法論の種類
方法論の中身に入る前に、実際の現場の実情を見てみます。S/4HANA移行と一言で言っても、その取り得るアプローチは様々です。GreenなのかBrownなのか。Cloudへの移行なのかOn-Premiseへの移行なのか。(Cloudの中でも)Public Cloudなのか、Extended Editionなのか、RISE with SAPの Private Cloudなのか。はたまたLoBのCloud導入は含まれるのか。
上記それぞれのアプローチに対応する形で、16のSAP Activate方法論がリリースされています。(2021年5月時点)
SAP Activate 方法論
上図のWebページから全ての方法論を抜粋したものが下表です。Cloud向け、On-Premise向け、その他全般向けの3種類の手法に区分され、16の方法論がそれぞれに分類されています。(日本語で提供されている方法論は、「◆」を付けた2つのみです。)
どの方法論が自社のプロジェクトにFitするのか、方法論名称からだけでは分かりにくいですが、基本的には#1か#2の中から探します(#3の1つ目は中身が空っぽ、2つ目はERP導入向けのため検討対象から外れます)。
また、SAP Activate方法論はFit to Standardを基本思想に取入れているため、新規導入での活用を先行してイメージしがちですが、既存資産をそのまま活かすコンバージョンにも対応しています(RISE with SAP S/4HANA Cloud, private edition、Transition to SAP S/4HANA、Transition to SAP BW/4HANAの方法論)。これはSAPはコンバージョンした後にもFit to Standardを追求する選択肢を残しているためです。
いずれにせよSAP Activate方法論が適用できる対象範囲は幅広い、ということはお分かり頂けるかと思います。
方法論の構成
各方法論は、共通して3つのツールを6つのフェーズの中で使う構成となっています。
使用する3つのツール
SAP Activate – 3つのツール
以下、簡単な補足説明です。
大まかなツール利用のイメージを記載します。
・Roadmap ViewerはWBSとなるため、全てのタスクの起点として常に使用します。タスクを進めていく中で、アクセラレータの参照という形でBest Practices Explorerにも自然とリンク参照していきます。
・Best Practices Explorerは、上記のとおり参照される形で使用されますが、標準業務プロセスのベストプラクティス集合体となっているため、Fit to Standardを検討する際に独立して参照するのも有効な使い方です。
・Jam Groupはコミュニケーションツールとして使用されますが、上記2つとは直接関連しません。特にコミュニティとのやりとりが不要な場合には使う機会が少ないかもしれません。
上記3つのツールに加え、最近では「SAP Cloud Application Lifecycle Management」(通称:ALM)というツールの活用がSAP Activateに組込まれ始めています。SAP Cloud ALMが持つ、プロジェクト管理・テスト管理・変更管理といった機能をプロジェクト推進の中に取入れています。主にはタスク進捗のステータス管理面、レポーティング面をサポートするツールとして使用されるため、プロジェクト内で代替管理手段があれば利用必須ではありません。
定義された6つのフェーズ
方法論ごとにフェーズ内のタスクは異なりますが、共通して6つのフェーズを使います。
ここでは日本語で活用できる「SAP Activate Methodology for S/4HANA Cloud」方法論を取り上げてフェーズ内容を見ていきます。
SAP Activate – 6つのフェーズ
以下、簡単な補足説明です。
ツールとフェーズの関連性
3つのツールを6つのフェーズのどこで使うのかは、下図のようなガイドラインが示されています。
ツールを活用するフェーズ
具体的なツール活用に向けた一歩
SAP Activateの全体感が掴めてきたところで、3つのツールの具体的な使い方に一歩踏み込んでみます。ここでは前項同様、日本語で活用できる「SAP Activate Methodology for S/4HANA Cloud」方法論を取り上げて見ていきます。
(1)Roadmap Viewer
16の方法論から一つを選択すると、対応するRoadmapにジャンプします。
①概要
概要タブには、当該方法論における6つのフェーズの説明が記載されています。WBSもこのページからダウンロードできるので、テンプレートとして活用していきます。
以下はダウンロードしたWBSです。Excel版とMS Project版がありますが、どちらも英語で提供されています。
②コンテンツ/アクセラレータ
コンテンツタブには方法論の各タスクの詳細説明/手順説明が記載され、アクセラレータタブにはアクセラレータ(資料テンプレートや各種情報)へのリンクが記載されています。SAPが用意しているタスクの意味を理解するために活用します。
(2)Best Practices Explorer
SAP40年間のベストプラクティスが詰まるBest Practices Explorerへのアクセス方法です。ここでは会計年度のクローズ(Accounting and Financial Close)プロセスを例にとり、ツールに触れていきます。
①Accounting and Financial Closeのベストプラクティス参照
②辿り着く具体的なベストプラクティス
すぐに実際のインプットにできそうなものをピックアップしてみました。SAPの標準(Fit to Standard)として準備されているアイテム群です。こちらも英語が主体となりますが、S/4HANA移行に向けたGap分析などに活用が期待できます。
(3)SAP Activate Jam Group
Jam Groupは使用しなくてもプロジェクトを進められますが、実際に使用していて便利に感じるものをピックアップしてみます。SAP Activateに関する最新資料の入手場所、最新ニュースとQ&Aの掲載ページです。
まとめ
SAP Activateの概要と、活用に向けた具体的な一歩をご紹介させて頂きました。始めてみたいけれど始め方が分からないという方のご参考になれば幸いです。
SAP Activateは海外では認知度も高く、SAP Jam Groupでも頻繁に議論や情報更新がされています。(完全なPersonal Insightですが)日本では馴染みが薄く、以下のような点がその要因になっていると感じています。
・コンテンツの大部分が英語のため、使いこなせるイメージが沸かない。
・目的に特化したガイドやマニュアルが別に存在するため、活用する必要性を感じない。
・自社に独自の方法論があるため必要としていない。
その他にも、SAP外の周辺システム連携は独自にカバーが必要になったり、アドオンプログラムが多く大々的なFit to Standardは難しい、という課題認識も活用の障壁になっているかもしれません。
それではSAP Activateは無意味でしょうか?
少なくともSAPのベストプラクティスが凝縮された方法論であることは確かですので、使い方を工夫しながら部分的に取り組む形でも活用はできると考えています。
以下はその一例です。
・S/4HANA移行プロジェクトの始め方、タスク全体感、タスク要点を把握するために参照する。
・タスク漏れがないかのチェックリストとして参照する。(例:Roadmap ViewerのWBS)
・全部ではなく部分的に活用する。(例:SAPのベストプラクティス)
・S/4HANAの学習に活用する。(例:Best Practices Explorerのチュートリアル)
リスクの回避や生産性/効率性の向上は、プロジェクトの成功に向けた大切な要素です。複雑化するSAPプロジェクトを乗り越えていくために、SAP Activateの理解は決して無駄にはならないはずです。継続してウォッチしていきたいと思います。(日本語の充実化を待ちながら)
参考情報
SAP Activate方法論とは別に、S/4HANA移行を支援するための”S/4HANA Movement”という活動があります。こちらのBlogで解説していますので、宜しければ併せてご参照下さい。